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Apr. 22 '15 |
会津若松市の白虎隊記念館の傍らに咲く飯盛山太夫桜は会津の二大老樹の一つとされています。飯盛山太夫桜の案内板を読むと、飯盛山太夫桜は寛永3年(1626年)蒲生忠郷公在城の頃、若松城下の掘江町にいたいつき太夫と云う名妓が花見のおり、この辺で兇徒のために殺害された。弟の南秀という滝沢南岳院の法師がこれを大変悲しみ、霊を弔うために墓側に植えられた桜だという。ただ、その樹はすでに枯れ、現在の桜は二代目と伝えられています。飯盛山太夫桜は白系統の美しいエドヒガンザクラで今が満開でした。 |
白虎隊記念館の左手奥に見える飯盛山太夫桜
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飯盛山太夫桜をズームアップして・・・樹齢約300年のエドヒガンザクラ
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飯盛山太夫桜の正面から見上げる・・・真逆光に浮かぶ
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満開の飯盛山太夫桜を見上げて・・・高さ約13m、周囲は5.5mという
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飯盛山太夫桜も見頃最盛期でしょう
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根本回り・・・案内板に桜の謂れが書かれています
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飯盛山太夫桜を撮影した後は白虎隊士自刃の地へ
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白虎隊士(士中二番隊)19名の石塔
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反対側から・・・若い命が桜咲く飯盛山で眠る
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会津若松市街が見下ろせる位置に来て
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一段高い位置にある展望台から・・・鶴ヶ城方向は中央奥です
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ズームアップして・・・自刃した白虎隊士はここから鶴ヶ城を望んだのでしょうか
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アングルを変えて・・・前方に雪を冠した飯豊連峰(イイデレンポウ)が浮かぶ
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さらに、移動して・・・前方奥に小さく石部桜が見え、右手は厳島神社の「さざえ堂」
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