将棋必勝法

T.K [日本棋院:ペイパー4段]

 勝負に必勝法があるとすれば是非お目にかかってそのご利益に浴したいと思うが、それはかなわぬことであろう。元来、勝負とは極めてどろくさいものの一つだと思うし、そのどろくささが身につかなければなかなか勝てないのも確かである。将棋などはその点で最たるものかもしれない。将棋用語で、「入玉」というのがある、これは相手の陣地に自玉が入ってしまうことで、その玉を詰まそうと思ってもなかなかつかまらない。玉形としては非常に強いかたちになったといえる。しかし、入玉を計る玉の姿は決してかっこうのいいものではなく、むしろ敗走の感さえするが勝負の明暗はやはり入玉した玉方に軍配の上がる場合が多いのである。勝利への近みちは、その"どろくさい指手にあり"と考えたい。
 それともう一つ、日本人はとかく一発屋を勝負師といっている向きもあるが、それはウソだと思う。勝負師とはゲタをはくまで勝負を投げない人、いいかえれば矢つき刀折れてもなお生ある限り抵抗し、挽回をはかれる持久力を持った人のことである。しかしだからといって一発勝負をしないということではない。これがギリギリの最後というときはやはり勝負をかけるがそのときでも、ありったけのデータを調べ上げ確率を読みもうこれしかないというところでやるのである。同じ一発でも一発の値うちが違うというものであり、勝負師とはそういう粘り強い精神力と忍耐力がなければならない。勝負の世界、とりわけ将棋や囲碁などは一朝一夕ではなかなか上達しないといわれている。定跡書を調べ実戦で鍛えあげる以外に上達の道はないと思われるが、それと同時に大事なことは”事に徹する気概”をいかに強くいだくかということであろう。宮本武蔵は「五輪書」の中で、勝利に対するすさまじいまでの執念と貪欲さを見せているが、まさに勝負人とはこういうものなのである。ただし、われわれはあくまで”アマチュア”、必勝の必要はない、生活余暇の一環として楽しくやりたいものである。

                             1973年(昭和48年)の記